『書燈』 No.21(1998.10.1)

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思い出の一冊  教育学部 伊藤幸夫


 「思い出の一冊」としては、物理にひかれる切っ掛けとなった本などを挙げるのが順当かとは思いますが、ここでは敢えて「また読んでみたいなと時々思い出していた本」ということで、童話を一冊選んでみました。

 それは「鮎吉 船吉 春吉」という本で、作者は室生犀星。小学校低学年の時に読んだ挿絵の多い単行本で、「のらくろ」や戦記物を除いては何もない時代の最初に出会った童話ではなかったかという気がします。その本は洪水にあったりで今は形を留めていないと思われます。しかし細かい内容は忘れても題名と作者名だけはずっと覚えていました。そのため作者は童話作家だとばかり思い込んでいましたが。

 何年か前この本の話を国語の澤先生にしました。程なく「ほるぷ」の日本児童文学大系第九巻に収められている該当作品のコピーを頂きました。それによると昔読んだものは小学館の雑誌「国民三年生」に連載されていたものが単行本として昭和17年に出版されたもののようです。

 私の生れた所は石狩川の支流の忠別川の堤防のすぐそばで、そこでは暇さえあれば魚を釣ったり虫を捕ったり動物の飼育を手伝ったりと自然と一体となって過ごしたものでした。その環境と、この本の表題にある3人の子供たちが遊んだ環境とが似ていて、このことがあってこの本の内容が長い間頭の片隅に残っていたものと思います。

 当時の読み物は時節柄戦争一色でしたが、この本は戦争のことは間接的に触れている程度というのも異色で、このことからも新鮮さを感じたのかもしれません。約半世紀を経て読み返してもそのころの新鮮さが失われていなかったことにも驚きを感じています。 環境も自分自身も当時と比べ大きく変わってしまいましたが、自然の中でのびのびと遊んでいた時代があったことへの思い出の一冊として貴重な一冊ということができます。最後になりましたが、この本を探していただきました澤正宏先生に改めてここで感謝申し上げます。


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