『書燈』 No.26(2001.4.1)

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海外旅行で図書館へ行く
行政社会学部 大黒太郎

 海外旅行に出発する前に、下調べのために図書館を訪ねるという人はいるかもしれませんが、海外旅行中にわざわざ現地の図書館に出かけて行くという人はあまりいないのではないでしょうか。僕はヨーロッパの大都市を一日中歩き回るのが趣味で、新しい町に着いてホテルを決めると、真っ先に動物園と図書館に向かいます。動物園では、その町の子供のいる家庭と老夫婦の姿が、また図書館では学生の姿が、ふつうの生活というかたちで感じることができます。動物園と図書館を経験して、その町で生活する普通の市民たちに溶け込んでみると、なぜだかここが自分の町であるような気がしてきて、すぐに好きになってしまうのです。

 先日、オーストリアのウィーンに出かけました。繁華街ケルントナー通り周辺は、オペラやフィルハーモニー、シュテファン大聖堂やシュトラウスの銅像、美術史博物館など旅行者が集まる施設がまとまっている地区で、その中心となる王宮の敷地内にオーストリア国立図書館があります。外観は重厚な建物ですが、内部は機能的に整備されていて受付は高級ホテルのフロントのような雰囲気です。ここからがいつも僕が使う手なのですが、怪しげなドイツ語でパスポートを預けて机の予約をし、なんとか適当な本を借り出すことに成功すると、あとはもうウィーン大学の学生が悠然と勉強をしている、というふりをしてみるのです。しばらくの間は本を読み、メモをとっているふりを続けますが、お腹がすけばカンティーネ(食堂)に出かけてみます。図書館周辺のホテルやレストランの旅行者向けの値段より格段に安い額で、旅行者が滞在中一度は食べるシュニッツェルがサラダとデザートつきで食べられます。もちろん手には現地の新聞「Der Standard」です。ここでも悠然としていることが大切です。食事が終われば昼休みの時間。海外旅行で犯罪に巻き込まれたという話はよく耳にしますが、図書館はいわば「安全地帯」です。旅行者や貧乏な学生を狙って図書館にやってくるスリはまずいないので、図書館では安心して昼休みができます。立派なソファーが並んでいる上、館内は非常に静かですから密度の濃い昼寝が可能です。再び真面目なウィーン大学生のふりをするのも飽きたころ、今度はカフェに出かけます。ここは学生達でいっぱいですが、よくよく観察しているとカフェは恋愛の相手を探して声をかける格好の場所になっているらしいことに気が付きます。図書館にはこんな役割もある、ということに初めて気が付いたのは、ドイツ・ベルリンのポツダム広場脇にある国立図書館でした。大学の試験期間中は同じ人に何度も図書館で会うことになり、だんだん仲が深まっていって、「試験が終わったら映画にでも」ということになる(らしい)。ウィーンはベルリンよりは控えめという感じでしたが、あちこちと飛び交う視線はベルリンで感じたものと同じだったのです。図書館の活用法のひとつと言えますね。

 留学するならともかく、一つの町に数日間滞在するだけの海外旅行でその町の学生や家庭の普通の生活を目にすることは難しいものです。ですから、せめて現地学生のふりをして図書館で半日を過ごしてみるというのも楽しいのではないでしょうか。あの飛び交う視線が会話に発展し、現地の学生が実際に町を案内してくれる、ということも稀ではないようです。海外旅行に出てその町を好きになるにはいろいろな工夫が考えられるでしょうが、そのひとつに図書館を利用するということもありうる、と思うのです。

 午後七時を過ぎて帰り支度を始める人がだんだん増え始めた頃、僕も荷物をまとめて外に出ることにしました。近くのサウナを探し出し汗を流した後、地下鉄に乗って夜遅くまで開園している郊外遊園地のプラーターまで出かけました。観覧車に乗って今日一日の充実感を感じながらウィーンの森を眺めていると、靴音の響くこの町にまた来たいと思ったのでした。

 

gakujo@lib.fukushima-u.ac.jp

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